1年間。 そう、先輩と最後に会ってからもう1年もたった。 けれども俺は、先輩のことを忘れたことがなかった。 伝えられなかったこの想いを今度こそ伝えようと決めていた。 ・・・この校舎のどこかに先輩がいる。 そう考えただけで、俺の心臓はありえないほど大きな音を立てる。 先輩と最後に会ったのは、去年の卒業式ー・・・ 野球部の先輩を見送りながら、俺は遠くから先輩の姿を見つめていた。 ・・・あれから先輩はどうなっているだろうか。 先輩は特に美人というわけでも可愛いというわけでもなかった。 けれども、優しく、明朗で器量も大きく、誰からも好かれるような人だった。 ・・・きっと先輩のことだ、対して変わってはいないのだろうな。 そう思いながらも俺の心臓のドキドキという音は大きくなるばかりだ。 タ チ ア オ イ 退屈な入学式が終ると、まだなれていない新入生たちは続々と教室を後にする。 俺も途中までその流れに乗っていた。 けれども、ふと見かけた「図書館」と書かれた教室を見かけると、その波から抜け出す。 もしかしたら、と思った。 先輩がいるんじゃないかって。 それは根拠も何もないものだったけれど、俺は何だか妙な確信を持っていた。 ドアノブに手をかけると、ひとつ呼吸を置いて、ゆっくりと扉を開く。 一歩一歩、図書館の中へと足を進めていく。 そして、五歩目を踏み出そうとしたとき、 聞き慣れたーけれども、とても懐かしいー声が俺の耳に届いた。 「あれ・・・?花井君?」 その声に、俺は全神経を集中させる。 そして、その声の方向へ素早く視線を走らせた。 「あ、やっぱり花井君だ」 ニッコリと笑いながら俺の名を読んだその人は、 間違いなく俺が忘れられなかった先輩だった。 俺が先輩を知ったのは、中学2年の春だった。 学年が変わり、新しく委員会を決めなければならなかった時、 俺が偶然図書委員になって、その委員会で先輩と知り合った。 ・・・はじめ、俺は図書委員になる気なんてこれっぽっちもなかった。 何しろ図書委員というのは地味なくせに仕事がやけに多い。 俺は委員会よりもずっと野球の方がしたかったから、委員会は楽に越したことはない。 そう思って俺は楽だと有名な委員会に立候補した。 しかし、それが大人数となりじゃんけんで決めることになった。 俺はそれに見事に負け、そして次に希望した委員会でも敗戦。 ・・・もう委員会に入るのなんてやめようと思っていたら、 いつの間にか・・・本当に、あれよあれよという間に図書委員にされていたのだった。 黒板隅っこに書かれている委員会決めの結果。 図書委員会の隣に書かれている自分の名前を見て、俺は大きく肩を落とす。 けれども、なってしまったものは仕方がない。 俺は気乗りしないながらも、委員会の行われる図書館へと足を運んだ。 「はーい。学年とクラスと名前、教えてくださーい」 図書館へ来るなり、名簿らしきものを片手に持った女の人が笑顔で出迎えてくれた。 それが先輩と俺のファーストコンタクト。 「・・・あ、えと・・・2年4組の花井梓です」 俺は軽く緊張しながらそう答えた。 「花井君ねー・・・オッケー。席はあそこね」 先輩は出席簿に印をつけると、窓側の空いている席を指した。 「ッス」 俺は軽くお辞儀をすると、その席に向かって一歩踏み出す。 すると、 「あ、花井君」 と、先輩が声を掛ける。 俺が振り向くと、先輩は目を細めて穏やかに笑う。 そして、 「梓、って素敵な名前だね」 と言った。 俺は「ども」と、軽く返事をすると、再び先輩に背を向けて歩き出した。 平静を装っていたけれど、俺の心臓はバクバクとものすごい音をたてていて、 じわじわと熱が体中に広がっていた。 先輩の名前を初めて知ったのは、委員会が始まってからだった。 「えーっと・・・委員長のです」 先ほどよりほんの少しだけ緊張を含んだ声で、先輩は短く自己紹介をした。 緊張しているようでも、声ははっきりとしていて、すっと俺の中へ入ってきた。 図書委員の仕事の中でも一番面倒なのは、図書当番だ。 なんてったって貴重な休み時間や放課後が潰れる。 俺は放課後は部活に専念したいから、昼休みの当番を希望した。 昼休みの図書当番は、昼飯を図書館と隣接している司書室で食べることになっていて、 俺は当番の日は弁当片手にそこへ行く。 そうして、週1回の図書当番も3回目を迎えていた。 「失礼します。図書当番ッスー・・・」 と、言いながら司書室の中へ入る。 いつもなら司書の先生が「いらっしゃい」と迎えてくれる。 しかし、今日で迎えてくれたのは、司書の先生ではなく、 「お、花井君」 先輩だった。 「先生なら、今ちょっとお出かけ中だよ〜。 あたしが図書室居るとずっといなくなるんだよね! 信頼されるのはいいけど・・・サボりすぎなんだよねぇ」 先輩は愚痴りながらもその口調に嫌な感じは全然しなかった。 「あ、まあここに座りなよ」 先輩は自分の隣をポンポンと叩いた。 「あ、ども」 俺は促されたとおりに、先輩の隣に腰を下ろす。 ぎこちない手つきで弁当を開けながら、 (先輩と二人だけというのも気まずいな)なんて考えていた。 けれども、それは杞憂だった。 「花井君て、意外に真面目なんだねー」 弁当の一口目を口の中におさめた瞬間、先輩が俺に話しかけてきた。 「え?」と、首を傾げると、先輩は委員会の時に見せたようにやわらかく微笑む。 「図書当番、真面目に来る人ってなかなかいないんだよ」 「・・・けど、先輩は来てるじゃないッスか」 「うん、まあ・・・あたしは図書館大好きだから」 先輩の顔を見ると、本当に好きなんだというのが伝わってくる。 そして、それを見ていると何故か心臓がドキドキした。 「・・・今日はどうしたんスか?」 そんなドキドキを悟られないように、俺は話題を振る。 「ああ・・・うん、ちょっと進路相談」 「進路相談・・・?」 「そ。まだ5月なんだけどねー。本ばっかり読んでて真面目に勉強したことなかったからさ」 と、先輩は苦笑する。 それが俺にとって意外だった。 委員会の仕事をテキパキとこなしている先輩だから、何となく頭のいいイメージがあった。 進路の話題となると、先輩の表情が暗くなるのがわかって、俺は内心焦った。 先輩には笑っていて欲しい。 ・・・けど、何と言ったらいいのかわからなくて、気付いたら口に出していたのは・・・ 「あのっ・・・、今度、先輩のおすすめの本とかあったら教えてくださいっ」 と、いうことだった。 いきなり過ぎて、突拍子のないことだったかもしれない。 けれど、俺にそんなことを気にしている余裕なんてなくて、 「いいよ」と、笑った先輩の顔を見て、顔が熱くなった。 次の週の当番の日も、先輩がいた。 俺は内心かなり嬉しかったのだが、それを表に出さないように、 「今日も司書の先生に用事ッスか?」 と、尋ねる。 すると先輩は首を横に振った。 「違うよー。今日は花井君に用があったの」 そう言うと、俺に一冊の本を差し出した。 「あたしイチオシの本」 先輩はニッコリと笑う。 「あ・・・ど、ども」 俺は、その本を受け取ると、表紙を眺める。 背表紙に目を移すと、「あれ・・・?」と、無意識に声を出していた。 「ん?どした?」 先輩は不思議そうな顔をしたまま、本を見つめる。 「あ、いや」 俺は本にあった視線をはずすと、パッと顔を上げる。 「・・・っ!」 先輩の顔が思いの外近くて、ボッと顔に熱が広がった。 「花井君・・・?」 「や、あの・・・この本、先輩のッスか?」 「え、ああ。そうだよ。ここには置いてないんだ」 「そうなんスか・・・」 どうしよう。 先輩の持っている本を借りてしまった。 たったそれだけのことなのに、俺は嬉しすぎて、本を持つ手に少しだけ力をこめた。 それから、俺が図書当番の日は、先輩も図書館にいることが多くなった。 ・・・というか司書の先生の話によると、 最近はほとんど毎日、休み時間を図書館で過ごしているらしい。 ・・・委員長っつーのも大変なんだな。 けど、当番に行くたびに先輩に会うことが出来て、話が出来て。 俺はいつの間にか図書当番の日が楽しみになっていた。 「先輩、この前教えてもらった本、アレ良かったです」 「ホント!?良かったー!本って人によって好みがあるからドキドキしてたんだよね」 本の話をしているときの先輩の顔はいつも輝いていて、俺も気付かぬうちに笑顔になる。 今まで本なんて読んでも面白いと感じることはなかったのに、 先輩が勧めてくれた本は本当に面白く、俺は夢中になって読んでいた。 感想を述べると、先輩は「花井君とは好みが似てるのかもね」と、 眩しいぐらいの笑顔になった。 その笑顔に俺の鼓動は早くなるばかり。 そして、そんなやり取りが続いて、俺はすっかり先輩に恋をしていた。 そうして、夏が過ぎ、秋も過ぎようとしていた頃、俺は先輩の後を継いで委員長を努めていた。 (だって先輩から指名されたら断れるはずなんてない) 先輩から教えてもらうことも多く、二人で話し合うこともあり、 俺は俺なりに充実した毎日を過ごしていた。 けれども、その日は突然やってきた。 中学2年の11月。 その日も先輩に委員会の仕事について質問したり教えてもらったりしていた。 「・・・こんな感じかな」 「はい。ありがとうございました」 俺がお辞儀をすると、先輩はニッコリと笑い、それから俺の肩をポンと叩いた。 先輩と軽く20センチ以上身長が離れているため、先輩はかかとを浮かせている。 「・・・なんスか・・・?」 俺は首をかしげた。 先輩は2,3回俺の肩を軽くたたくと、その手を放した。 「花井君、もうだいたい委員会の仕事覚えたよね」 「ハァ・・・先輩のおかげッスよ」 「うん、まあ、あたしも頑張った」 「・・・・・・自分でいいますか」 「冗談だって」 そこで先輩は一呼吸おいた。 そして、 「・・・あたし、明日からは委員会関連以外図書館来ないから」 と、言った。 「え、先輩が・・・?」 俺は思わず目を見開いてしまった。何と言ってもあの先輩だ。 本が大好きで、図書館に入り浸っていた先輩が。 「ちょ、今の反応傷ついたー」 「ぅえっ、あ、スミマセン・・・」 「や、いいよ。あたしホントバカだからさ、受験終るまで本封印することにしたんだ」 「・・・そうなんスか・・・」 「うん。だから委員長!頼んだよ!」 先輩はそう言うと、今度は俺の背中を、バシンと叩いた。 俺はそれに押され、「はい!」と、元気よく返事をした。 しかしながら考えてみると、俺と先輩の共通点と言うのは図書館しかなく、 それから先輩と会うのは、月に一回ある委員会の時だけになった。 けれど、俺の先輩への気持ちは大きくなるばかり。 ・・・この気持ちを伝えてしまおうと思ったこともあったけど・・・ 移動教室のとき、わざと遠回りして先輩のいる教室の前を通った時に先輩の姿 (必死に参考書にかじりついてたり、友達に聞いていたり)を見て、 先輩には進路に集中して欲しいと強く思い、何も言うことは出来なかった。 そんな先輩が、西浦高校へ入学したと知ったのは、中3の5月、司書の先生からだった。 ―――あれから1年。 俺も西浦高校の生徒として、今、ここにいる。 「あ・・・ひ、久しぶりッス・・・」 俺が先輩にお辞儀をすると、先輩は変わらない笑顔を見せた。 「久しぶり!花井君、うちの高校来たんだね!偶然ってすごいなー」 またよろしくね、と言う先輩。 久しぶりの先輩の声、表情。 きゅうと胸を締め付けられる。言い様のない何かが俺を襲う。 「花井君、また図書委員とかやる気ある?」 「・・・まだわかんねっすけど・・・まあ、一応は・・・」 「そっかー」 先輩はうっすらと化粧をしていたけれど、根本的なところはやっぱり何も変わってなかった。 「あ、やばっ・・・約束あったんだ・・・。花井君、またね」 「は、はい」 「あ、」 「?」 「入学おめでとう」 先輩はそう言うと、あわただしく去って行った。 俺の顔は、ほんのりと熱を持っていた。 07/07/02 色々捏造設定多くてスミマセン!そして無駄に長くてスミマセン!! 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