その日はたまたま俺と花井の二人だけが残っていた。 騒がしい連中のいなくなった部室は、静かなものだ。 「・・・あの、さ・・・」 「ん?何?」 その静寂に、花井らしくないおずおずとした声が聞こえてくる。 俺が答えると、花井は少し頬を赤くしながら、しばらく視線をあちこちに走らせた。 「・・・花井、どうしたの」 俺がもう一度言うと、花井はついに覚悟を決めた様子でグッと力強い瞳で俺を見る。 「・・・栄口のクラスに、って名前のヤツいるだろ」 「・・・・・・?」 出てきた名前に、俺は目を丸くした。 「・・・って、のこと?」 「・・・、っつーのか・・・。・・・どんなヤツ?」 花井の様子に、俺より身長の高い花井の肩をガッと掴むと、俺は二ヤリと笑う。 「何ー・・・花井、なんで知ってんだ〜?」 「べ、別にいいだろ!」 真っ赤になる花井に、俺はついついからかいたくなってしまった。 「・・・じゃあどんなヤツか教えないよ」 「〜〜・・・この間、廊下でプリントぶちまけた時、拾うの手伝ってくれたんだよ」 「へぇー・・・」 「・・・友達に『』って呼ばれてたから・・・」 どんどん赤くなる花井は、図体が大きいというのにとても可愛らしく見えてしまった。 (や、決してあやしい意味ではない) 「花井はが気になってるってわけね」 「・・・い、言ったんだから、教えろよ!」 カッと顔を赤くしている花井に、俺はついに笑ってしまった。 「笑うな!」 怒鳴る花井に、俺はなんとか笑いを堪えると、 「は、ねー・・・結構おとなしいよ」 と、答えた。 すると花井は「お、おとなしい・・・」と、俺の言ったことを小さく繰り返した。 「うん。けど、暗いとか言うわけでもないし。優しい子だよ」 「・・・・・・栄口、仲良いの?」 「あ、うん。隣の席」 「え」 驚いた花井の表情もまた、面白かった。 こんな花井の表情はめったに見られない。 「よし、花井。俺、協力するよ」 「え、なっ、べ、別にいい!」 「遠慮するなって」 ・・・ここは、俺が一肌脱いでやるしかないな。 翌日、俺は早速昼休みを狙ってに話しかけた。 「・・・な、。花井って知ってる?」 「・・・はない・・・?誰、その人・・・」 はキョトンとしている。 そりゃそうだ。 はおとなしめの性格で友達もそんなに多い方じゃない。 7組のことなんて知らないだろう。 「俺、野球部なんだけど、そこの主将」 「え!主将って・・・3年生?」 「いやいや。うちの学校の硬式野球部は新設で1年ばっかなんだ」 「そ、そうなんだ・・・」 1年ばっかり、ということに驚いたようで、は目を見開いたままそう言った。 「・・・それで、その花井くんがどうしたの?」 「あ、うん。ソイツがにお礼言いたいって・・・」 「・・・お礼・・・?え、あたし、何かした・・・?」 心当たりが全くないらしいは、首を傾げる。 と、その時、丁度良いタイミングで 「栄口!」 と、俺を呼ぶ声がした。 声のほうに視線を向けると、そこには少しだけ顔を赤くしている花井がいた。 「おー!花井!こっち!」 実はこれ、昨日花井とちょっと作戦を立てていた。 作戦といっても、そんな大それたものではないんだけど。 ただ、俺がに花井の話をしておくからその時に少しでも話が出来ればいいなーって。 「、コイツ、さっき話してた花井」 花井がコッチに来るまでに、俺は小さな声でにそう伝えた。 すると、は目を見開いて、それからほんの少し顔を赤くした。 (・・・あれ・・・、この反応・・・) 俺は、のその反応にちょっと違和感を感じた。 どうやらは花井に見覚えがあるらしい。 「花井、ほら」 花井が俺の傍まで来ると、緊張しているのがまじまじと伝わってくる。 俺は花井に悪いと思いながらもちょっと笑ってしまった。 「お、おう・・・」 固まってしまった花井の後を押すように背中をポンッと叩くと花井は小さく咳払いして、 「あの、俺、7組の花井って言います・・・」 と、顔を赤くしながら言った。 「・・・あの時・・・廊下で、あの・・・プリントの人・・・ですよね?」 と、が返す。 どうやらは、花井の名前は知らなかったものの顔は覚えていたようだ。 「お、覚えて・・・」 「あ、・・・は、はい」 俺は、そんな二人の様子をあたたかく見守っていた。 けれども、これはなかなか脈アリなんじゃないかと思う。 だって、普通、ただプリントを拾うのを手伝った相手の顔なんて覚えてないだろう。 それから、我等がキャプテン、花井梓は 何か忘れ物をしたとか適当な理由をつけてはうちのクラスにやって来るようになった。 7組からわざわざ1組までやってくる花井は、のことをどうやら本気で好きなみたいだ。 もで、花井に好意を持っているのが伝わってくる。 お互いに両想いであることは他人の俺が見てもわかるというのに、 当の二人はまるで気付いていない。 そんな、なかなか前に進まない二人に、俺は内心じれったくて仕方がなかった。 そんなある日。チャンスが来た。 「うわー・・・雨、降ってきちゃった・・・」 窓の外を見ながら、大きな溜め息をついた。 「雨が、どうかしたの?」 「あ、うん。傘、忘れて・・・」 濡れて帰るしかないのかな、と呟くに、俺はピンと思考が働く。 雨が降れば、部活も早くに終わる。 「あのさ、。帰り、ちょっと待っててくれない?」 「?え、なんで・・・?」 「傘、心当たりあるから!」 断りそうな顔をしたに、断らせる隙を与えずに「待っててね!」と念を押す。 するとは、しぶしぶながらも「わかった」と了承した。 部活は俺の予想通り早くに切り上げられた。 俺はすぐさま花井を捕まえると、「、傘忘れちゃったんだって」と花井にささやいた。 「お、俺にどうしろって言うんだよ・・・!」 戸惑う花井。 「だーかーら!ここは花井が送って行くしかないよ」 「なっ!?」 「アイアイガサのチャンス」 俺がグッと親指を立てると、花井は頭のてっぺんまで真っ赤にした。 俺は帰り支度の終わった花井の腕を掴むと、の待っている昇降口まで引っ張っていく。 「さ、栄口、ま、まて・・・!心の準備が・・・!」 「準備も何もないだろ!」 愚図る花井に問答無用でドンッと押す。 そして、自分は下駄箱の影に身を隠した。 (がんばれ、花井・・・!) 「あ、花井くん・・・」 「っ・・・」 突如現れた花井に、は驚きを隠せないようで、目を見開いた。 けれども、その表情はどこか嬉しそうで、何だか俺も嬉しくなる。 「・・・栄口から、傘ないって聞いて・・・」 「あ・・・」 「・・・えと・・・、俺のでよかったら、入ってく?」 「・・・い、いいの・・・?」 二人とも顔がほんのり赤く染まっている。 そして、花井はぎこちない動作で透明なビニール傘を開くとを手招いた。 は小走りで花井の元へ行くと、そっと花井の隣に並ぶ。 もう声は聞こえてこないけれど、肩がぶつかったみたいで「ごめん」と 顔を赤くしたの口が動き、花井も同じように返しているのが見えた。 (・・・ここは俺の予想なんだけどね・・・) とにかく、そんな二人の姿を見ていると、俺は心がほんのりとあたたかくなるのを感じた。 俺は、二人の姿が見えなくなるまで見守ってから、隠れていた下駄箱の影から姿を出した。 昇降口から出ながら傘を広げて、空を見上げる。 空はあいにくの雨だったけれども、俺の心は雲ひとつない青空のように清々しかった。 07/10/14 栄口君視点の花井夢。 結局、二人はお互いに惹かれていたのです。 |