「・・・えーっと・・・阿部、くん?」 あたしは机の移動を完了させると、その隣に座っている人に声を掛けた。 その人は、愛想を振りまく素振りもせずに、機嫌悪そうにあたしを見る。 あたしはその視線にたじろいだ。 こんな怖そうな人が隣の席駄なんて、やっていけないかもしれない。 そう思いながらも、ぎこちなく笑う。 「です。お隣、よろしく」 お隣さんは、表情を変えずに、「よろしく」とだけ言った。 これが、あたしと阿部隆也の最初の会話。 中学2年生の、二学期のはじめだった。 青春の背番号!No.11 何でこんな人の隣の席になってしまったのだろう。 例えば小テストの採点で先生が 「隣の人と交換して下さい」なんて言われたときには嫌な汗がたれ流れる。 あたしが精一杯の勇気で「あ、阿部くん、プリント・・・」と言うと 阿部くんは無言でプリントをあたしの方へ差し出すのだ。 とにかく怖い。 口数が少なくて、放課後、すぐ帰っちゃうし、いつも体のどこかに傷があって・・・ 阿部くんって、もしかしてケンカの耐えない不良なんじゃないかと思っていた。 そんなある日の出来事。 あたしはシニアの試合を観戦しに行った。 色々とソフトに応用できそうなこともあるかもしれないし。 ・・・って、千代が説得してきたんだけどね。 もうすぐ夏も近いせいか、春だというのに日差しが強い。 あたしはどうせ焼けるとわかっていながらも 日焼け止めをぬったくって球場までやって来た。 「おー少年がいっぱい」 「、オヤジっぽいよ」 「うるさーい」 球場には選手たちの元気な声と、親御さんたちの姿もちらほら。 見に来ている女の子も割りといる。 あたしはシニアの試合を見るのは初めてで、あちこち視線を走らせていた。 と、そこで見知った人物を見つけたのだ。 「あ、あれ・・・阿部くんだ・・・」 あたしが言うと、千代は首をかしげた。 「阿部くん?」 「うん、そう。あたしの隣の席なの」 「へぇ!どの人??」 「えーっと、あの、と、戸田北?・・・のキャッチャー」 シニアの試合なんて、どちらにも知り合いなんて居ないだろうと思っていたから 阿部くんの発見はほんの少し楽しかった。 もしかして、あの傷だらけなのは硬球のせいなのかな? ・・・なんだか知っている人が出ていると、応援したくなってしまう。 人間ってそういうものですよね? 千代がいる手前、あからさまな応援はできないけど (だって千代ってばああ見えてからかうのとか好きだから!) あたしは阿部くんをちらちらと見ていた。 あたしの知っている阿部くんは、とにかく怖くて無表情で・・・ だからこそ、野球をしている時の阿部くんの表情に釘付けだった。 (・・・阿部くんて、あんな顔で笑うんだ・・・) 心臓が、ドキドキと音をたてる。 結局、そのシニアの試合は阿部くんのことばかり見ていた。 新しい阿部くんを知ることが出来たようで、あたしは何故だか嬉しかった。 そして、その翌日、あたしはちょっとウキウキしながら学校へやって来た。 「おはよう、阿部くん」 「・・・・・・はよ」 阿部くんはあいかわらず無表情で無愛想だったけど、 あたしは勝手に距離が近づいたような気分だった。 「阿部くん、野球やってたんだね」 おもむろに話しかけてみると、阿部くんは一瞬目を見開いたがすぐに元の表情に戻る。 「・・・・・・なんで」 「昨日、ソフトの参考になるかも、ってシニアの試合見に行ったんだ」 あたしは別に阿部くんの表情が気にならなかった。 笑顔で話を続ける。 「そしたら、阿部くんがいたんだよ」 阿部くんは「あ、そう」と相変わらずの反応。 「阿部くんっていっつも傷だらけだったから不良なんだと思ってた」 苦笑しながらそう言うと、阿部くんがプッと吹き出した。 「・・・っ、何それ」 クク、と笑う阿部くんの表情にあたしは釘付けだ。 「・・・阿部くんってさ・・・何でそんなに無表情なの。もったいない」 「は?もったいない・・・?」 「うん。笑うとこんなにかっこいいのに」 あたしが正直に言うと、阿部くんは照れたようで顔を赤くすると、 「べ、別にいいだろ」 と、ぶっきらぼうに答えた。 「あ、阿部くんが照れてる・・・!」 「!か、からかうな!」 あたしは阿部くんにつられて少し熱を持った頬に気付かれないように声を出して笑った。 きっかけは、こんなに簡単に身近に潜んでいたのだった。 その日から、あたしは阿部くんを「怖い」と思わなくなったし、 阿部くんもたまにだけど話しかけてくれるようになった。 「阿部くん」と呼んでいたのも、いつの間にか「阿部」になっていた。 「・・・・・・あれ、阿部、一人?」 放課後、いつもなら阿部はそそくさと帰ってしまう。 それに、今日は確かシニアの練習日だ。 そんな阿部が放課後に教室に残っている。 「おー、」 窓から夕日が差し込み、全体的にオレンジ色がかっている。 そこに居た真剣なまなざしで何かを書いている阿部は、なんだかすごく絵になった。 ほんの一瞬だけ、声を掛けるのをためらってしまうほどに。 「残ってるなんて珍しくない?練習、あるんでしょ?」 あたしは阿部の傍まで歩くと、その隣にある自分の席に腰をかける。 そして、机の中から英語のノートを取り出した。 「おぉ。委員会の仕事があって丁度今帰ろうかと」 「え、阿部が!?サボるかと思った・・・」 「・・・オマエ、何気に失礼だぞ」 「冗談だって」 あたしが笑っていると、阿部もつられて少しだけ頬を緩めた。 阿部は、普段ひたすらクールというか・・・あまり笑うことがなかった。 だから、あたしは彼の笑う姿になかなかなれることが出来ない。 ドキドキと心臓の鼓動が早まる。 「は?」 と、尋ねて来た阿部に、あたしはそっと呼吸を整えてから答えた。 「・・・ああ、あたしはちょっと忘れ物取り来ただけだから」 「・・・じゃ、一緒に帰るか」 「いいね!せっかくだし」 阿部が立ち上がると、あたしは英語のノートをカバンにしまうと、あわてて後に続いた。 阿部にほんの少しだけ動揺してしまったせいか、急ぎすぎたせいか。 あたしは教室を出る寸前、躓いてしまった。 「おぉっ!?」 我ながら可愛げのない声でバランスを崩す。 コンクリートは転ぶと痛い、と思った瞬間、 「っぶねー・・・」 阿部は軽々とあたしを受け止めた。 「・・・・・・あ、ありがと・・・」 やっぱり阿部は、男の子なんだと思った。 じゃあ今まで何だと思っていたのかときかれれば、それは、まあ・・・男の子だけれど。 なんだか再認識させられてしまった。 治まったと思っていたドキドキがまたあたしを襲う。 体勢を立て直すと、あたしと阿部は並んで歩き出した。 阿部はこうやって並んで歩くなんてこと、今までなかった。 だから、ちらりと横を見ると、 その背の差、肩のたくましさ、すべてにいちいちドキドキしてしまう。 (あ〜〜〜〜・・・・・・) それは、とても些細なことだったけど。 わかってしまった。 あたしは阿部のことが好きになっていたんだ。 過去のお話。前編です。 |